アドラー心理学でストレスに強い精神を手に入れられるのか?

今回のテーマは、アドラー心理学でストレスに強い精神を育むことです。

アドラー心理学は、以前、ドラマにもなり脚光を浴びましたね。

「嫌われる勇気」「幸せになる勇気」が有名ですね。

結論から言うと、アドラー心理学の考えを身に付ければ、ストレスに強いメンタルが手に入ると考えています。

この記事では、「嫌われる勇気」をもとに、アドラー心理学についてメンタル強化に役立つ考えを紹介します。

 

ひがし

こんにちは。

熊本の鍼灸整体師のひがしだいすけです。

簡単に自己紹介します。

僕は、鍼灸整体師(鍼灸師・柔道整復師)という肩書きで、日々の活動をしています。

そのため、施術とアドバイスを通して、体の不調や悩みを抱えている人の回復をサポートしています。

積み重ねた知識や経験をもとに、役立ち情報や考え、日々のあれこれをブログにつづります。

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アドラー心理学の、目的論と原因論

目的論と原因論

現在の目的に沿って、いまの状況や感情、行動を作り出しているという考えが目的論です。

対して、過去や外部からの刺激が原因で今の状況や感情を作り出しているという考えが原因論です。

アドラー心理学では、すべてを目的論で考えます。

そのため、トラウマを否定します。

たとえば、あなたには、「引きこもりの友人がいるとします。」

彼は、「過去の親からの虐待がトラウマで、不安で外に出ることができない」と言っています。

過去の親の虐待というトラウマが、原因で不安だというのが、原因論的な考え方です。

しかし、アドラー心理学はそれを否定します。

つまり、目的論的にトラウマを考えると、

「外に出たくないから、不安という感情を作り出している」

ということになります。

この場合、「外に出たくないから」という目的がありますので、目的論というわけです。

 

よって、過去の出来事は自分の今の感情や状況とはまったく関係なく、あくまで現在の自分の目的に沿って考えたり行動しているだけなのだということです。

目的論で考えることで、現在の自分の目的をやめたり、変えたりすることで今の悩みが解決できることになるので、問題はずっとシンプルになります

過去の原因に、しばられない生き方は、どうにもならない過去から解放されることになり、ストレスも溜まりにくいかもしれません。

とはいえ、実際に、トラウマを抱えた人が目的論をすぐに実践できるかは、また別の問題です。

そこには、勇気が必要なので、アドラー心理学は勇気の学問だともいわれます。

トラウマについては、最後の項目で、考察します。

アドラー心理学は、承認欲求を否定する

承認欲求を否定せよ

承認欲求とは、自分以外の人に認められたいという欲望のことです。

たとえば、子どもが、親に褒めてもらいたいと思うのが、承認欲求です。

または、自分の自慢話をして、他人にすごいと言われたい気持ちも承認欲求です。

アドラー心理学は、これらの承認欲求を否定することを求めます。

なぜなら、承認欲求も持ってしまうと他者の期待に応えるための人生を生きることになるからです。

以下、ありがちな承認欲求。

  • 自分の知り合い、友人、家族が有名人だと、それを自慢することで、すごいと言われたい
  • 自分の過去の栄光を語ることで、すごいと思われたい
  • 自分の仕事の愚痴をこぼすことで、慰めてもらいたい
  • 自分の知識を、求められていないのに披露することで、頭がいいと思われたい
  • 自分の持ち物をブランド物にすることで、羨ましがられたい

などがあります。

耳が痛い話ですね。

承認欲求は、食欲や性欲、睡眠欲並みの人間が持つ欲求なので完全に断つことは難しいかもしれません。

僕も、ついつい自分語りをしたり、自分の知識を披露してしまいがちです。

 

承認欲求をかなぐり捨てて、自分で自分のことを承認するだけで満足できるようになると、他者の期待から自由になれます。

他者の期待に振り回されない生き方は、まさにストレスフリーです。

「僕は、僕のやりたいことを、やるだけですから、どうぞ、あなたは好きかって言ってくださいな。

僕は、なにを言われても構いはしませんよ。」

というわけです。

課題の分離とは

課題の分離とは

課題の分離とは、自分は自分、人は人はという考えです。

自分は他人の期待通りに生きていないし、他人も自分の期待通りに生きていないと考えることです。

あなたが相手に、提案しても、その提案を相手が採用するかどうかは相手の課題であり、相手があなたに提案して、それをあなたが採用するかどうかも自分の課題です。

自分以外の人のことを気にして生きる人生もストレスだし、思い通りにならない自分以外に、干渉しすぎるのもストレスになるから、課題の分離を受け入れられるとストレスはずいぶん軽くなると思います。

 

たとえば、勉強しない子どもがいたとします。

その子どもの親が、子どもの将来が心配で勉強の必要性を説くとします。

それに対して、親はアドバイスはできるわけですが、実際にそれで子どもが勉強するかどうかは子どもの課題です。

親がアドバイスしたところで、実際に子供が勉強するかどうかや、それによってもたらされる子どもの将来という結果には、干渉できないことになります。

つまり、子どもが勉強した場合の将来と、勉強しない場合の将来の責任は子どもが負うことになります。

子どもは勉強するかどうかは、子どもの課題です。

親が子どもの課題まで足を踏み入れてしまうと、親子間の人間関係のトラブルが発生してしまいます。

よくあるのが、子どものこんな気持ち・・・

「親の言うとおりに生きてきたけど、なんだか楽しくないし、幸せではない・・・」

 

親は、子どもの未来の行く末は、アドバイスするにとどめて、あとはどうするかは、子どもが決めると、子どもは自分の人生にも責任を持てるのかもしれません。

これは、親子関係のみだけでなく、すべての人間関係に当てはまります。

 

「ゲスの極み乙女。」というバンドが、まさにこの課題の分離的なことを歌にしてますね。

僕の場合は、心に響いたので、歌詞を載せておきます。

「わたし以外、わたしじゃないの」-ゲスの極み乙女。-

(最後の歌詞より)

私以外私じゃないの
どうやらあなたもそう
誰も替われないってことみたいね
背を向けて言い合った

だから私はもう怖くないんだ
夜更け過ぎを待つわ
今日も報われない気持ちを整理して生きてたいって思うの
息を吸い込んだ

親子でも親友でも、意見が衝突したりして、自分の意見を受け入れてもらえずに、報われない気持ちもあるけど、

それでも気持ちを整理して生きていくことが、大切なのかもしれません。

なぜなら、私とあなたは、替われないのだから。

共同体感覚を掘り起こす

共同体感覚を掘り起こす

課題の分離を行うと、共同体感覚を身に付ける足掛かりになります。

共同体感覚とは、他者を仲間だとみなして、自分が社会や集団の一員であると感じることです。

共同体感覚は、人間がもともと備えている感覚で、新しく獲得するというよりも掘り起こす感覚です。

 

先ほどの、自分は自分、人は人だという課題の分離ができると、他者の目を気にしなくて済みます。

他者の目を気にしなくて済むと、他者から自分がどう見られているかとも考えなくなくなります。

そこに、他者のことを考える余裕が生まれ、他者に貢献しようという思いが芽生えます。

これは、あくまでも他者から良く思われようとする貢献ではなく、自分が主体的に社会を良くしようと思うような貢献です。

自己への執着から、社会への関心へと切り替えるのが、共同体感覚を掘り起こすうえで大切です。

 

人間は、もともとか弱い存在です。

そこで、人間同士が協力したり、分業して社会システムを作ることで、現代はあらゆる生物種の中で、もっとも優位に立つことができるようになりました。

そのため、この共同体感覚は、人間が生来持っている能力です。

たとえば、

経済学者のアダム・スミス氏が言うように、人間だけが分業を行い、経済を回すことができるようになりました。

歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリ氏が言うように、神話や宗教という虚構を作り出すことで、大規模集団が形成され、やがて国家が生まれました。

こういったことを成し遂げたのも、もともと人間が共同体感覚という武器を持っていたからかもしれません。

逆に言うと、人間が共同体感覚を掘り起こさなくなったら、社会は崩壊してしまうのかもしれません。

 

そういった経緯もあり、人間は孤独な状況になると、ストレスを感じるように遺伝的にインプットされているのかもしれません。

しかし、人が周りにたくさんいるだけで、孤独ではないと考えられるかと言ったら、そうではありません。

あなた自身が、社会の一員として存在していることを実感できなければ、おそらくは孤独感は増すばかりです。

共同体感覚は、自分が社会の一員であるという心理的な感覚です。

 

アドラー心理学で、共同体感覚を人生の目標と定めているのも、うなずけます。

アドラー心理学についての考察

アドラー心理学についての考察

個人的には、精神的にタフになり、ストレス耐性を付けるには、アドラー心理学の考えを身に付けるといいと考えています。

どのようにいいのかというと、アドラー心理学の考え方に沿って生きると、感情をコントロールして他者の目を気にせず、ストレスフリーで自信が持て、楽になれます。

ただし、本でも語られているように、完全にアドラー心理学の考えに基づいて生きるのは難しいです。

さらに、アドラー心理学は、まさに勇気の学問です。

つまり、勇気を持てないと、たぶんアドラー心理学の考え方自体に、ただ反発してしまうだけかもしれません。

 

おそらく反発しやすい部分は、トラウマを否定しているところです。

もし、あなたが、「過去のトラウマが原因で、立ち直れずに、外に出られない」と悩んでいたとします。

それに対する、アドラー心理学の見解は次のようになります。

「外に出ないという目的のために、不安や恐怖を作り出している」

となります。

本当に、トラウマを持っている人にこの言葉は、きついだろうなと思います。

 

ここから、少し余談ですが・・・

最近、読んだ本の中に、「記憶屋」という小説があります。

これは、記憶を食べる記憶屋の物語なのですが、この小説の中に、強姦に合いそうになり、それがトラウマで夜道を歩くのが怖い女の子の話が出てきます。

女の子は、大学生です。

本当は、飲み会などのコンパに参加したけど、帰りの夜道が怖くて帰れなくなるので、コンパに参加できません。

そこで、女の子は記憶屋を見つけ出して、記憶屋に依頼します。

トラウマの原因となっている強姦の記憶をなくすようにお願いしたのでした。

記憶屋は、女の子の依頼を引き受けて、その女の子の記憶を食べてしまうことで、女の子のトラウマがなくなってしまいました。

そして、女の子は、毎日、元気ははつらつで大学に通い、友達との楽しい飲み会にも、参加することができるようになりました。

というお話です。

この小説はもちろんフィクションですが、その女の子の話が妙にリアルで、こんな話が現実にあるとしたら、トラウマを安直に否定するのもいかがなものか?

と考えたりしました。

なので、僕はトラウマを安直に否定するわけではありません。

この記憶屋のように、なくしたい記憶だけをなくしてくれる、人なり機械なりがあったら、それが一番いいと思います。

でも、現実にはそうなっていません。

そこで、僕はトラウマに対する考え方を変えることで、トラウマを解決するのも一つの方法ではないかと思っています。

つまり、トラウマを持っている人が、もし仮に、トラウマを目的論で考えることができれば、ぐっと解決に近づくかもしれないということです。

 

過去の記憶によるトラウマを問題の原因にしてしまうと、過去は変えられないので問題は、なかなか解決できません。

しかし、外に出ないという目的のために、不安や恐怖を作っていると考えることができれば、問題はシンプルになります。

なぜなら、外に出ないことをやめると、不安や恐怖を作り出す必要がなくなるからです。

実に画期的ですが、トラウマを持っている人にとっては、そこに到達するために決断やパワーが必要な感じがします。

だからこそ、アドラー心理学は、勇気が必要であり、勇気がなければ、ただ反発されるだけの考え方になりそうだと、僕は思います。

まとめ

アドラー心理学は、過去のトラウマや他人に認められたい欲望を否定する、厳しさを持った心理学でした。

しかし、それによって課題の分離といった、人は人、自分は自分といった自分を肯定できる強い心を持てるようになるかもしれません。

それが、達成できると、みんなの中に、自分が存在しても良い意義を見出すことができ、精神的に安定した生活を送れるようになれる可能性があります。

精神的な安定こそ、まさにストレスがない状態です。

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